東京地方裁判所 昭和23年(ワ)4532号 判決
原告 高階正光
被告 財團法人 武藏野音樂学校
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告学校が昭和二十三年七月七日原告に対して爲した退学処分の無効なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めその請求原因として次の通り陳述した。
「被告学校は昭和七年五月旧專門学校令により財團法人として音樂に関する学術技芸の教授等を爲すことを目的として設立せられ今日に至つている。原告は私立麻布中学校を卒業後昭和二十一年五月被告学校予科に入学し本科に進級し本科二年に在学中昭和二十三年七月七日被告学校より退学を命ぜられた。然しながら原告は学則その他によるも退学処分を受ける理由は全然ないものであつて右処分は無効である。
原告が退学を申渡された経過は左の通りである。即ち昭和二十三年六月二十二日学校掲示場に武藏野音樂学校学友会々則が発表されたが学友会準備委員の一人である原告はこの掲示を見て傍の学友に「これは草案に過ぎない」趣旨の話をした。すると翌二十三日原告は校長室に呼び出され、校長福井直秋、及び福井直弘、中島方、御崎善六の各教授より学友会々則を批判したことを詰問せられた。原告は「生徒総会の承認を経ていないから草案だと思う」旨及び「学友会の各部長には会長が教授を之に任命することになつているが部長の権限がはつきりしないと思う」旨を答えたところ右教授らは之を不都合であるとして交々難詰した。同月二十五日福井直弘、御崎両教授は原告に退学届を提出することを要求したが原告は之を拒絶した。ところが同年七月二日原告は副保証人武谷三男と校長室に呼ばれそこで福井直弘、中島、伊藤、御崎の四教授は原告を無期停学にするから承諾せよと要求したが原告にはその理由が不明なので承諾しなかつた。然るに同月五日学校掲示場に学則第三十四條により原告を停学にする旨の掲示がなされたので原告は同日教授会が開かれていた席上に赴き停学に処せられる事実はない旨申入れた。次で同月七日原告は学校に出頭を命ぜられ門馬教授から退学届を提出するよう要求されたが之を拒絶したところ退学を命ずるとのことであり、その理由を尋ねたところ学校の処分にすぐ服從しないからであるとのことであつた。翌同月八日副保証人武谷三男に対し原告を昭和二十三年七月七日附退学処分にした旨被告学校より通知があつたが何らの理由も掲げられていない。
以上の次第であつて原告に対する退学処分は何ら正当の事由なく校長らの意に反するものに対しては独裁的一方的に処分することを当然とする考えに基いてなされたものである。然し一旦入学して正規の授業を受けている生徒に対し学則によらず勝手に退学を命ずる如きは権利の濫用であり無効であるからその確認を求めるため本訴に及んだ」と述べ、右退学処分を正当なりとする被告の主張を否認し、「もし生徒が学則の懲戒に関する規定に該当するものなりや否やの認定権が一に学校長のみにあつて生徒は之を爭うことが出來ないとするならば之は憲法特に第二十六條の「すべて國民は法律の定めるところによりその能力に應じてひとしく教育をうける権利を有する」又同第三十二條の「何人も裁判所に於て裁判をうける権利を奪はれない」との條項に違反するものである。」と述べた。
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する旨の判決を求め答弁として次の通り陳述した。
「原告主張の請求原因事実のうち被告学校の設立の事実及び被告学校が昭和二十三年七月七日原告を退学処分にしたことは認めるがその他は認めない。
原告に退学を命じた理由は左の通りである。即ち被告学校に於て学友会の会則につき改正意見が出たので学生の間から委員を挙げて(原告もその一人である)審議した結果成案を得たので学校長がこれに承認を與えて公表した。これに対して原告は反対意見を抱いて反対運動がましい行動をとつたので昭和二十三年六月二十三日校長及び御崎、中島、福井直弘の諸教授が原告を呼び出し校長室に於て懇談したところ、原告はこの新会則に対して(イ)教師と生徒とが意見を異にしたとき学校は如何に処置するか、(ロ)学友会の部長が指導するという言葉の意味を解しがたい。と非難した。このことは勿論差支えないがその際原告は更に「自分は学校も教師全員をも信頼していないから本來退学すべきであつたが卒業証書が欲しいために在学して來たのである。しかし自分のこの態度は不合理であるからこの際自分は退学する」と公言した。そこで右諸教授はこの事実を翌二十四日の教授会に報告しこれに対する処置を各教授に於て考慮せられんことを希望した。又御崎、福井直弘両教授は原告の右の言動が常軌を逸しているように考えたのでその反省を促すために更にもう一度原告を招いて懇談したところ原告は「退学の意思を言明したことは取消す。また教師全員を信頼しないといつたことは誤りであるが、しかし、自分と意見を異にするもの例えば校友会会則に賛成する教師に対しては反抗するのだ」と放言して憚らなかつた。ここに於て止むを得ずこのような不当の言動をなす生徒に対していかに処置すべきかを議するため同月二十八日教授会を招集してこれに諮つたところ原告を退学せしむべしとする意見が多数であつたが結局重ねて原告の反省を促すため一應この際は停学処分にすることに全員一致で議決した。そこで同年七月二日原告の副保証人武谷三男立会の下に原告に対し停学処分を申渡したところ原告はその理由が不可解であるから之に服せずと述べ反抗的態度をとつた。そればかりでなく学校が同月五日定例教授会を開催している際原告は無断で突如右会議の席上に立入り「学校当局の発表した停学処分は自分として受けた覚がない」と放言した。このような原告の不当な態度には列席の諸教授は一同今更のごとく驚き同日の教授会はその場で原告に対する第二次懲戒の件を議題とし会議の結果原告が上述のように「自己と意見を異にする教授に反抗する」といい「停学処分を認めない」といい教授会に無断臨席して放言するなど終始反抗的態度を持して少しも改めるところがないところからこのような行爲は被告学校学則(乙第一号証)第三十條第一号(旧学則第三十四條)に所謂「性行不良にして改善の見込なきもの」と認め同第三十一條に則り懲戒処分として退学を命ずるべきであるとの意見の一致を見たが、たゞ一應事前に本人の自発的退学を促しもしこれに應じなければ退学を命ずることに決議した。そこで同月七日校長の意をうけて御崎、門馬、中島の三教授が原告に対しその自発的退学を促したが原告はこれを峻拒したので右既定方針通り同日附を以て退学を命じたものである。以上の通りで原告に退学を命じた理由は原告が学友会々則を認めないといつたりまたその條項を非難したりしたことによるのではなく上述の如く被告学校の教授らに対して生徒としてあるまじき反抗的態度を持して再三の注意にも拘らずこれを改めない点にあるので之により原告を学則第三十條第一号の「性行不良にして改善の見込なき者」と認めたことに基くのである。
右学則第三十條には「左の各号に該当する者は退学を命ず。一性行不良にして改善の見込なしと認めたる者」とあり同第三十一條には「校長は教育上必要と認めたるときは左の懲戒を加ふ。四退学」とありそして被告学校への入学願及び入学許可はその学則に從うべきことが條件とされている。從て当事者の意思よりするも、原告は右被告学校の学則に服從するものである。のみならず右学則は現在被告学校に適用ある明治三十六年文部省令第十三号公立私立專門学校規程第十二條「專門学校学則中に規定すべき事項凡そ左の如し。三入学退学進級卒業に関する事項」同第十條「学校長は左の各号の一に該当する者には退学を命ずべし。一性行不良にして改善の見込なしと認めたる者」に基き定められているものであり又新憲法公布後制定された学校教育法第十一條に基く同法施行規則第十三條は「懲戒は学校の種類に應じ学校がこれを行う。但し退学は左の各号の一に該当する場合に限る一性行不良で改善の見込がないと認められる者」とあり原告の退学処分は法規上は右の諸規定に基くものである。しかして被告学校とその生徒との関係は教育という特殊な給付を目的とする契約関係であり又右法規の趣旨からするも学則の懲戒に関する規定に該当するものであるか否かを決定する権限は学校長のみにあるので生徒側に於てこれを爭うことは許されないものと解さなければならない。從つて原告が被告学校長のなした本件退学処分の効力を爭うことはそれ自体失当といわざるをえない。仮に右効力を爭うことが許されるとしてもその処分は上述の通りその形式に於ても実質に於ても全く妥当且つ正当のものである。尚原告は退学処分の無効確認を求めるものであるが退学処分の無効を確定しても原告を被告学校が教育する義務の存在を確認することにはならないから本訴請求は法律上確認の利益がない。何れよりするも棄却さるべきである。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
先ず原告が本件退学処分無効の確認を求むるにつき確認の利益ありや否やを考えると原告の訴は結局被告学校長の原告に対し爲した退学処分の無効を確定し原告が被告学校の生徒として教育を受くる等の権利あることの確認を求むるものに帰着し、法律上即時確定の利益あるものというべきである。
そこで本案の主張につき審理すると、先ず被告学校が昭和二十三年七月七日その生徒である原告に対し退学を命ずる旨通知をしたことは当事者間に爭ないところである。
被告は右学校の退学処分につき生徒たる原告がその効力を云々し得ないと主張するからこの点につき考えると、被告学校は私立学校であるから被告学校と原告との関係は私法上の法律関係により律せられるものたることは明かである。しかして原告は被告学校に入学するに際し学校の学則に服することを承認したものであるから之に拘束されることももとより当然である。被告学校の学則第三十一條には学校長が教育上必要と認めたときは戒告、謹愼、停学、退学、放校の懲戒を加うべき旨定められ同第三十條には退学を命ずべき場合として「一性行不良にして改善の見込なしと認めた者」外四項目が掲げられている(乙第一号証参照)。しかして右学則は学校教育法第九十八條により現在被告学校に適用される明治三十六年文部省令第十三号公立私立專門学校規程第十二條第十條に基くものである。右規定及び新憲法公布後制定せられた学校教育法施行規則第十三條の趣旨から見ると退学その他の懲戒はもとより学校に於て右懲戒に値する事実が生徒にあるか否かを認定し之を加えるものであるが、それは決して無制限に学校長に於て爲しうるものではなく、殊に退学については右学則第三十條に列挙せられている事実がある場合に限ると解すべく、右列挙の事実なきに拘らず学校が退学処分にするようなことがあればそれは結局前記國家の法令に違反することになつて無効なりといわざるをえない。從つて原告がもし学則第三十條に掲げられた事実に該当しないにかゝわらず退学を命ぜられたものならばその無効を主張して爭いうるのであり右異議を申立てるにつき特別の手続或は機関の定められていない現在に於ては民事訴訟法の規定により直に裁判所にその判断を求めうるものといわねばならない。
よつて進んで本件退学処分が違法なりや否やにつき判断をすると先ず当裁判所は本件口頭弁論の全趣旨及び証拠調の結果を綜合して被告学校長が原告に退学を命じたのは次のような経緯によつたものと認定する。
(イ) 被告学校に於ては昭和二十三年中新しい学友会の発足を意図し同年六月その会則を成立せしめ同月二十二日之を全生徒に公表した。原告は会則起草の準備委員の一人であつたが予ねてより右新会則の草案には強く反対し右会則公表に際しても之に不満の意を他生徒に公言した。被告学校長福井直秋、同教授福井直弘、御崎善六(教務課長)、中島方(原告の学級担任)らは原告の反対行爲によつて右学友会々則の運用に支障を來すべきことを憂え同月二十三日原告を納得させるために之を校長室に呼寄せ原告の意見を質した。原告は予ねてから学校教授が学友会の部長として会の事業の企画運営に加わることに不満を抱いていたのでこの時「学友会部長と生徒委員の意見が対立したときはどうなるか」との趣旨を質問し又右会則に部長が事業の運営を指導する旨の條項の存することを非難した。校長及び福井直弘教授らは「直ぐ教授と生徒が対立することを考えることはよくない、又学友会の事業のうち音樂の演奏の部門等に於て教授の指導を要する場合がある」旨を述べたところその際原告は之に反対し「予ねてより自分は被告学校の教授らを信頼していない。信頼できない教授のいる学校に在籍するのは間違つているが卒業証書を獲得するため止むを得ず在学していた。然し之は良心的に誤つているから退学したい」旨述べた。校長や右教授達は原告の態度を非常に不遜であると感じ原告に反省をうながしてその日の会合を終えた。
(ロ) 翌六月二十四日に被告学校の臨時教授会ありその席上原告の右二十三日に於ける態度が報告せられ論議せられた。翌二十五日福井直弘、御崎の両教授は更に原告を呼出して原告の学校に対する態度につき問い質したところ原告は「二十三日に退学をするといつたことは取消す。又自分は被告学校の教授全部を信頼しないわけではなく新学友会々則に賛成するような教授にはあくまで反抗する」旨を述べた。右両教授は原告の考は誤つていると告げ種々反省を求めんとしたが原告は「風邪で喉を痛めているから」とのべて退席した。ところが原告はその後同日開かれていた原告の組の学友会委員選挙の席に赴き右学友会々則に反対する意見を開陳した。
(ハ) 六月二十八日に被告学校の定例教授会が開かれその席上で原告の処分が議題に載せられた。右教授会には校長とその他の教授助教授十四名、講師一名合計十六名の全教授会員が出席していた。討議の結果原告の言動は他の生徒らに惡影響を及ぼすから退学処分にすべしとの意見が多数出たが結局原告に反省の機会を残すため無期停学にすることに全員一致で議決し校長福井直秋は之を採択した。
(ニ) よつて同年七月二日福井直弘、御崎、中島、伊藤の各教授は原告に対し副保証人武谷三男立会の席上で右無期停学処分を通告した。そしてその理由として原告が被告学校及びその教師を信頼しないこと、在学の理由が單に卒業証書を獲得するだけであること、自分と意見を異にする教授にはあくまで反抗する態度であることを告げた。原告は之に対し納得ができないと述べ又如何にしたら停学処分が解除されるかと質問したが教授側はその日は処分を通告するだけであると答え應じなかつた。
(ホ) 同月五日原告に対する右無期停学の処分は一般生徒に公示せられたが、原告は同日教授会の開かれんとする際その会場に突然無断で立入り「停学処分が発表されたがこのような処分を受ける覚えはない」と放言して立去つた。右教授会は前記十六名の教授会員中福井直弘を除く十五名のものが出席していたがその席上更に原告の処分を議題としたところ一名の反対者を除き多数決を以て原告を学則第三十條第一号に所謂「性行不良にして改善の見込なき者」と認め一應原告に自発的退校を勧告した上承諾しなければ退学を命ずることに決議した。校長福井直秋も同意見であつたので之を採択した。右性行不良にして改善の見込なしと認めた根拠は前記(イ)乃至(ホ)の原告の言動である。
(ヘ) 同月七日校長の意を承けて門馬、桂谷、中島、御崎の各教授は原告に対し(ニ)に掲げたと同一の理由をつげて退学届を提出するよう勧告したが原告は世論に訴えるといつて之を承諾しなかつたので退学を命ずる旨言渡した。以上のような経過である。
右によれば被告学校長福井直秋が原告に退学を命ずるについては学校の慣習に從い正規の教授会に於て教授会員の過半数の出席のもとに多数決により之を決議し学則第三十條第一号第三十一條第四号を適用して爲したもので手続上不備な点はない。問題は右校長が原告を右学則第三十條第一号に所謂「性行不良にして改善の見込なきもの」と認定したことの当否である。そこで考うべきことは既に述べた如く凡そ学校長が教育上必要な場合生徒に対し懲戒を加えることを許容されているのは、法律上学則に定める範囲に於てのことであるから生徒が退学その他の懲戒に値するや否やを認定することもとより右学則に則つて之をなさねばならぬことはいうまでもない。然しながら他方その学則の規定が或程度概括的な規定の仕方をなしている場合(本件の如く「性行不良にして改善の見込なき者」との規定ももとよりこれに属する)その認定権の行使については学校長に相当廣い自由裁量の権限が與えられているものと解さねばならない。蓋しこのことは法律の定める学校は公立私立に拘らず公の性質をもつもの(教育基本法第六條)で生徒を教育するという廣く且つ重い責任を國民に対し負うものであること、それ故に法令は学校長に生徒を懲戒する権限を與え学校の秩序を自ら維持し右教育の目的を遂行するに遺憾なからしめていることから推論しうるところである。それならば学校長がその生徒を性行不良にして改善の見込なしと認めた場合、之を違法となすには右認定が單に不適当と認められるだけでは足らず甚しく不当で校長に與えられた前記自由裁量の限界を超える程度のものと認められる場合でなければならぬ。
右のような見地のもとに本件退学処分の効力を審査した結果当裁判所は結局被告学校長の原告に対する右認定が原告の主張するように一方的独裁的になされたもので学則上許される認定権の限界を超えた違法のものと断ずることは出來なかつた。何となれば(一)新学友会の発足、運営について原告の学校当局に対する反抗的態度は極めて強烈でその会則の運営に支障を來す程であり、又原告の被告学校長始め主要な教授らに対する不信の念は甚しく被告学校に於て原告を教育することは殆ど不可能と思われる程であることが前記認定の(イ)乃至(ホ)の事実自体より窺知られること。(二)原告の右反抗的態度をとるに至つた縁由であるところの学友会の新会則(乙第二号証)が客観的にみて新憲法下に於ける音樂專門学校の学友会を運営するにつき必しも不適当なものとは認められないこと。(三)学校と生徒との法律関係は一時的対立的な一般私人間の取引の場合とは異りその根底に継続的相互信頼的要素を含み学校の生徒を教育する義務は生徒の学校及びその教師に対する信頼を基礎にして初めて遂行しうるものであること、右のような諸般の事情を考慮するときは被告学校長に於て前記(イ)乃至(ホ)に掲げた原告の言動により原告を学則第三十條第一号の「性行不良にして改善の見込みなき者」と認定したことは、その適不適はともかく、之を目にして甚しく不当であり教育上の常識に明かに反する程度のものとなすことはできないからである。それならば右認定に基き被告学校長の爲した本件退学処分を無効となすことはできない。
尚お原告は被告学校の学則の規定につき憲法違反を云々するが右学則の懲戒に関する規定の趣旨は新憲法下に制定せられた学校教育法、同法施行規則にも認められているところであり且つ右学則の規定は前段既に説明した通り決して学校長が生徒の退学を命ずるにつき無制限な認定権を有することを規定したものではないから之が憲法第二十六條の「國民が教育を受ける権利」に牴触するものでなく、況や同法第三十二條の「國民が裁判をうける権利」を奪うものでないことは云うまでもない。
よつて原告の請求は理由がないからこれを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決をする。
(裁判官 谷口茂栄)